第二篇 祭りの日に
著者:shauna
故に・・・・
ファルカス=ラック=アトールとサーラ=クリスメントはそれぞれ先程購入したTシャツと短パンに身を包み、持ち慣れないオールを持ち、ゴンドラに乗ってスタンバイしていた。
流石に大きな祭りということもあってその他にも30組程のメンバーが参加している。サングラスをかけている者、野球帽、テンガロンハット、髭面、誰もが今か今かとレースの時を待っている。
「いいか?約束だからな。順位が良かった方の意見を尊重する!」
「わかってる!!」
キューーイ〜ンという拡声器がハウリングする音が響いた。
―さぁ〜て!!みなさんお待ちかね!!フェナルトシティの誇る歴史ある大会!!フェナルトカーニバルのメインイベント!!水上レースの時間がやってまいりました!!ルールは簡単!!フェナルトシティの名物。網目のように張り巡らされたフェナルト大運河のコースを一周して戻ってくるだけ!!さあっ!倍率1.02倍、昨年の優勝者シンクラヴィア選手が今年も優勝し3冠王を達成するのか!!それとも、倍率120倍と123倍!!飛び入り参加してきたファルカス選手とサーラ選手がまさかの大逆転優勝を飾るのか!!水上レースは間もなくスタートとなります!!皆さま奮って賭けにご参加ください!!―
空には真っ白な鳥が美しく舞う。天気は快晴視界も良好。
スタート時間が近づくにつれて数千人以上にも及ぶ観客達の熱気もどんどんヒートアップしていく。
2人の心臓もどんどん高鳴ってゆく。
スタート前のファンファーレが鳴り響いた。
―さあっ!!果たしてフェナルトグラスの優勝杯と優勝賞金20万リーラは果たして誰の手に!!―
運河に掛かる橋の上から係員が赤い旗を降ろした。
赤が3枚出た後、緑が出た時がスタートの合図だ。
赤が2枚。ファルカスの心臓が高鳴る。
赤が3枚。サーラがスッと唇を舐めた。
そして・・・・
―緑が出た瞬間!―
「オリャー!!」
ファルカスの声と力強い漕ぎだしを合図にするように全員が同時にスタートを切った。
運河には流れるプールの数倍以上に早い水流が流れている為、水飛沫を上げながらゴンドラはどんどん加速していく。最初のコーナーに差し掛かった。
まず先頭に出たのはバーテンダー衣装に身を包んだ黒いゴンドラ。
前年度優勝のシンクラヴィア。
そのオール捌きには全くといっていい程無駄が無い。
それに続くのは完璧な体重移動でサーラ。一方ファルカスは前の選手の水飛沫を顔に浴びて僅かにコーナリングがずれてしまった。
―アーーーーっと!なんと!なんと!!先頭は昨年優勝のシンクラヴィア選手と飛び入り参加のサーラ選手!!いきなり本命と大穴のぶつかり合いだ!!―
会場の熱気がさらにヒートアップした。
「クッ!!負けるかぁっ!!」
ファルカスはオールを目いっぱいに振って加速し、一気に戦闘集団へと追い付く。
―なんということだ!!ファルカス選手ここにきてまさかの追い上げ!!―
「ファルすごいじゃん!!」
「サーラもな!!」
僅かに微笑み合って2人は先頭を行くシンクラヴィアに並ぶ。
他の選手を突き放し、先頭はほぼこの3人に絞られた。
先頭集団は街の中央に位置する運河へと差し掛かった。レースも終盤。連続の直角カーブを抜けて、最終局面を迎えた。
―な!なんということだ!!先頭は倍率120倍のファルカス選手!!その後を123倍のサーラ選手と昨年度と一昨年度の優勝者シンクラヴィア選手が追いかける形です!!出るか!!まさかの万馬券!!―
「馬じゃなーい!!」
サーラはそう叫んでからオールを振って加速した。
目の前には最終コーナーが姿を現す。
「よし、このままだ!!」
ファルカスは一気に突き放すべく鞭を振り抜いた。
―曲がれる!!―
優勝間違いなしという言葉と共にファルカスがコーナーに差し掛かった。
―その時―
「うわっ!!」
―なんてことだ!!―
ゴンドラが浮いていた観客のボートに当たって撥ねた。
―アーーー!!何ということだ!!ファルカス選手!!まさかの落水!!―
空中大回転をした後に、水面に体を打ちつけてから水面へと沈んだ。
その横をサーラとがシンクラヴィア悠々と抜き去ってゆく。
「ごめんね〜!ファル〜!」
気の抜けたサーラの声が響いた。
「クッソ〜!!」
ファルカスが水面を叩く・・・
「あなた・・大丈夫!?」
ゴンドラの上から貴婦じ・・・・いや・・・女の格好をしているがマッチョなおっさんが問いかける。
「ええ・・大丈夫です・・・。」
あきらめずにすぐに体勢を立て直し、再びファルカスは滑るように再スタートした。
しかし、一度開いてしまった差は簡単に狭まることなど無い・・
少なくともこのままでは・・・
それを不憫に思った―ってかあんな所に見物用のゴンドラを浮かせていた辺り彼女?にも責任が無いとは言い切れないと思った―貴婦人はスッと運河にかかる一本の橋に目線を注いだ。
当然、そこにも多くの見物人が居る。
その中で・・スッと短く指輪が光った。
そして、
ファルカスが再スタートを切った直後・・・・
「な!んだ!!」
いきなり驚く程のスピードでゴンドラが流れた。
それはまるで水流にゴンドラが飲まれたかの如く・・・
―これは!!凄い!!ファルカス選手一気に追い上げる!!―
教会の鐘が鳴り響く。
―さあ! 狭い水路を通り抜け!!最初にゴールを見るのは誰なのか!!アーッと!!出てきました!!先頭は昨年の優勝者シンクラヴィア選手と新人のサーラ選手!!優勝争いはどうやらこの2人に絞られ・・・!!!!あれは何だ!!―
その言葉に先頭の両選手が振り返る。
「何・・あれ・・・」
後ろから猛烈な水飛沫を上げながら追いかけてくる誰か。まさか・・
「ファル!?」
猛スピードで追いかけてくるファルカスはあっという間に先頭に2人に追い付き、そして・・
―抜いた!!ファルカス選手抜きました!!これで優勝はファルカス選手のものか!!―
「悪いな!!サ〜ラ!!」
信じられないことにトップになってしまったファルカスは後ろに向かってニヤけながらゴンドラを漕ぐ。
しかし・・・・
当然、神様はそんな理不尽なことを許してくれるはずもなく・・・
―ああっ!!なんてことだ!!―
実況の酷く焦った声が町全体に響いた。
「えっ?」
それは、最終コーナーだと思った角を曲がった瞬間のことだった。
―ファルカス選手!!コースを間違えたようだ!!―
猛スピードのまま、ファルカスは細い路地に入って行き・・・
―ガシャーーン!!―
多大なるクラッシュ音を響かせる結果になってしまった。
一方の本航路爆走中のサーラとシンクラヴィア。その目の前に白いゴールテープが見えてきた。
―全くの横一線!!果たして勝つのはどっちだ!!―
2人はそのままゴールイン。祝砲の花火が打ち上げられた。
―さぁーてっ!!まったくの横一線!!写真判定の結果は!!?―
大きな水晶のパネルに魔法でレースがスローモーションで再生される。コマ送りでゆっくり再生され、先にゴールしたのは・・・
―な!!なんということだ!!2人まったくの同着!!よって審議の結果今年の優勝者は2名同着だ!!―
優勝歌とエンドロールの流れる会場でシンクラヴィアが呟く。
「あなた凄いのね・・。よければこの後私の店に来ない? 優勝記念に何か奢ってあげる。」
「ホントに!?」
「ええ・・一緒に居たお兄さんも連れてきなさい。」
お兄さんという言葉にサーラが反応した。
そう言えばファルカスはどこに行ったのだろうか・・・
路地裏で船着き場に乗り上げ、誰とも知らない船頭に助けられていた。
「大丈夫かい兄ちゃん!」
「あたたたたっ!」
「惜しかったな・・あと少しで優勝だったのに・・・」
「あぁ・・・ゴンドラは?」
「一応無傷だよ。」
水路に目をやるとそこには陸に乗り上げてこそ居るモノの、一切の傷のない借り物のゴンドラが横たわっていた。
「よかった・・。おっさん。ありがと・・・」
「おう!気ぃ付けてな!」
ファルカスはそう呟くと再びゴールを目指した。
シンクラヴィアの店は船上にあった。元々は大運河で使われていた乗り合いの外輪船だったようだが、内装を一新し、この時期特有の気持ちのいい風の入るオープンカフェへとその模様を変えている。
そんな中で、マルガリータやミートソースやドリアなんかが机の上にびっしり並び、サーラとファルカスはそれに舌鼓を打っていた。
「おいしーい!!」
「よかった・・・。気に入ってもらえて・・・」
シンクラヴィアはブドウジュースをグラスに注ぐ。
「サーラちゃんの方は優勝杯に注ごうか?」
口が塞がっていたため、サーラは首を縦に振ることで合図した。
トロトロとジュースが注がれる。
「うわ〜・・」
口の端からトマトソースを零しながらサーラは感嘆のため息をついた。
それは、深いワイン色のジュースが注がれたグラスは7色に輝き始めたから・・・
「フェナルトグラスは水分に触れると7色に光る魔法が掛けられてるの。」
「きれ〜い・・。」
「なあ、シンクラヴィア。」
「何?」
「あれ、何だよ?」
ファルカスはそう呟くと運河の真ん中に建てられた石造を指差した。黒の石で造られたそれは狐。
「ああ・・黒狐様って言ってね。昔この町に怪物が攻めてきた時に街を守ったって伝説があるの。」
「怪物?」
「噂にはいかなるものよりも大きく、そして恐ろしい姿をしていたらしいわ。」
「その被害から街を守ったってことは・・守り神・・みたいなもの?」
「そう・・・」
サーラの問いにシンクラヴィアが笑って答える。
「今でもこの町を守ってくれていると言われてるの・・。」
「へ〜・・・」
なんか良い話かもしれない。黒狐・・・おそらくは先程拾って今はサーラの膝の上で体を丸めて眠っているあの子狐と同じ野狐が長い時間をかけて善弧へと姿を変えたのだろう。
長い時間をかけて神となった狐に護られている町。
なんかとてつもなく雅やかだ。
ふんわり揺れる風に身をまかせながらファルカスは再びケチャップたっぷりのナポリタンを口に運んだ。
一方で、その頃・・・
街のちょうど中央に位置する“オセロット広場”は祭りということもあり人でごった返していた。
道化師や魔道士達が術を使って芸をし、人を楽しませる。
そんな陽気な空気だからこそ、この2人は上手く溶け込めていたのだろう。
短く適当に散らされた黒髪は嫌でも目についた。
手には銀色の杖を握り、よく見れば杖の先端は光っている。
俗にいうダウジング。
何かを探しているみたいだ。
「本当にそんなんでみつかるのぉ?」
隣には昨夜と同じく、白い髪の女が傍らで尋ねる。
「まかせろ・・。」
男は呟いた。
「御伽話にもあっただろう?狐は人間に化けられる。きっと人間に紛れこんでる。こうして魔法で網を張ってればいつか掛かるはず・・・」
「だといいけど・・・」
女はバカにしたような口調でそう呟いた。
その時だ・・・
男がピクッと反応する。
「どうしたの?」
男の目線の先には一人の少女が居た。
ものすごく可愛い少女だ。涼しげな桜色のドレスブラウスに臙脂色のセミロングプリーツスカートを合わせ、胸元のレモン色のリボンもよく似合っている。
「あいつ?」
「ああ・・・ビンゴだ。」
2人はほぼ同時に頷いて、そっと少女の後をつけることにした。
「そこの角にあるクレープ屋さんおいしいよ。一回食べたら忘れられない味だから・・・デザートには最適かも・・」
「ありがとうございます。」
「悪かったな・・コーヒーまで御馳走になって・・・」
2人はそう礼を言って店を出た。
「クレープか・・・コーヒーショコラってあるかな・・サーラ、お前何に・・・サーラ?」
隣を見るとサーラはクスクスと笑っていた。いきなり笑いだすなんて・・・気持ち悪い・・。
「なんだよ。」
「ファル。約束覚えてるよね?」
ああ・・そのことか・・・
「覚えてるよ。」
ファルカスがそう言うとサーラは飛び跳ねて喜び、着ている緑色のローブから例の野狐を取り出した。
「さっそく名前つけてあげなきゃ!!う〜ん・・ファル?何がいいと思う?」
「なんでもいいじゃないか・・。スーパーサンダーでもロードサンダーでも・・・」
「・・・・・」
「・・んだよ・・。」
「ファル・・ネームングセンス無い。」
10トンぐらいの石が頭上から落ちてきたぐらいファルカスはガクッと項垂れた。
「じゃあ!お前つけてみろよ!!さぞかし良い名前を付けるんだろうな!!」
「え?・・う〜ん・・・・じゃあ・・・『ハク』!」
「『ハク』?」
「うん!さっきの守り神みたいな立派な狐になって欲しいから!!だから黒い狐の反対で『白(ハク)』!!どう!?」
まあ、単純に色が白いからというのもあるかもしれないが・・・
「・・・いいんじゃねーか?」
なるほど・・・言い名前かも知れない。
ファルカスが笑顔で微笑むとサーラも笑顔で返してくれた。
「さて、じゃあ、クレープでも食うか・・!サーラ何にする?」
「シナモンアップルカスタードにアイストッピング!!」
サーラが元気よく両手を上げる。そして2人は並びながら歩きだした。
甘いモノということで自然とテンションも上がる。
そして、ファルカス自身も甘いモノなど久しぶりな事に気が付いた。
そもそも裏社会に居た頃は好んで甘味など摂ろうとも思わなかった。
おもわず、おかしくて笑ってしまう。
元『暗闇の牙(ダークファング)』の幹部が女子中学生みたいにクレープなど・・・・
小走りで店に走ってくサーラの後を追いながらファルカスは空を仰ぎ見た。
高い・・・こんな高い空を見たのは・・・そう・・・アスロックと話したあの日以来かもしれない・・・・
「あぁ!!!」
深情を抱いていたが、サーラの悲鳴でいきなり現実に引き戻された。
「どうした?」
「ハクが!!」
ハク・・・ああ・・・あの狐か・・・・
ファルカスが周りをきょろきょろ見回すと運河の向こう側へ泳いで丁度渡りきった処だった。体を激しく震わせて水気を飛ばしている。
「ハク!!戻っておいでハク!!」
ハクは声を聞こうともせず向こうの小さな広場の方へと走り去ってしまう。「ハク・・・ハク・・・」サーラの声だけが響いていた。
「嫌われたか?」
今思えばデリカシーの欠片もない言葉だったと思う。だからこそ、
「ファルのバカ!!」
その言葉もまた必然だった。
「早く捕まえて来て!!」
「なんで俺が・・・」
「断罪の(デマイズ)!!」
「わ!分かった!!行くよ!!だからその手に構えた物騒な杖を降ろせ!!」
ほぼ脅しとも言える方法でサーラに言われ、やむ得ずファルカスはハクを追いかける。
流石に運河を泳いで渡るわけにもいかなかったので、近くの橋を渡って先程の広場へ。そして、そこに居た人間に片っ端から狐を見なかったかと聞いた。
その情報を元にファルカスはハクを追いかける。
狭い路地をまるで迷路みたいにグルグル廻り、そしてやっと、ハクは見つかった。
公園の水道の真下に居た。
水道の蛇口を見つめながら水が出てくるのを待っている様だった。
「水が飲みたかったのか?」
ファルカスはゆっくりとハクに近づく。
「まったく・・・サーラも過保護だよな・・・」
蛇口に手を伸ばす。
「俺よりもハクかよ・・・」
嫉妬しているわけでは・・・無いと思う。
しかし、大切な人に自分よりもペットを優先されて「はい、そうですか。」と言える程、ファルカスだって人間出来てはいないのだ。
しかも、一緒に来るならまだしも、自分はそのまま広場で今頃シェイクでも飲んでいるのだろう・・・
ファルカスが蛇口に手を伸ばし・・・
―キュッ・・―
蛇口が捻られ、水が景気良く出る。
―あれ?―
いや、俺はまだ捻って無いぞ?
―水が勝手に出た?―
ファルカスが顔を上げる。
そこには一人の少女が居た。手を蛇口に添えている所からどうやら水を出してくれたのは彼女らしい。
桜色のドレスブラウスに臙脂のプリーツスカート・・・胸元にはレモン色のリボン・・・一見、お嬢様魔法学校の制服に見えないこともないが、
こんな制服は記憶になかった。。
年は自分と同じかそれよりも若く見えるが、髪の色は真っ白。顔立ちは信じられないぐらいに整っていて、瞳にはサファイアブルーの輝きを宿していた。
とにかく信じられないぐらい可愛い少女。
思わず見惚れてしまう程に。
ハクはその間に頭から水を浴びて、口に水を含み、喉をうるおしていた。
たっぷり5秒の時間の後にハクが身を引く。
それを見て、少女は蛇口の水を止めた。
「・・・・ありがとう。」
ファルカスが短く礼を言う。
対する少女は無言だった。ただただジッとファルカスを見つめ続ける。
そして、手を後ろに組み、ゆっくりとファルカスに近づいた。
吐息がかかるほど近くまで彼女の顔が寄る。
思わず心臓が高鳴った。
少女はそのままファルカスの周りを一周回るようにしてまるで舐めるようにファルカスを見つめた。
そして・・・・・
どこえなりと走り去ってしまう。
時々こちらを振り返りはしたが、言葉は一言も発しなかった。
そのまま路地裏へと姿を消した。
「なんなんだ・・・一体・・・・」
呆れた様な疲れた様な声でファルカスが呟く。
そして、まだ少し水を欲しそうにしていたハクの為に再び蛇口を捻った。
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